他人から見て、奇妙で形がいびつな愛は性癖なんだって。
そして、更に普通でも愛は幻想なんだって。
でも、そういうこと言うのは、いただけないなって思うよ。
自分自身が愛と感じれば愛。
その人が愛は現実であると感じれば現実であり続けられる。
簡単に否定していいものじゃないと思うんだよね。
自分は認められないものも多い。
でもそれは世界の全てが否定するものじゃないよ。
少し変わってる。
少し違う。
認められない。
だから、それを否定して、消していいものなのかな。
攻撃して、殺してしまっていいのかな。
きっとこれは愛だけじゃなくて、いろんなことに言える話。
それを否定することは、代わりに何かを背負うと言うこと。
そして、更に普通でも愛は幻想なんだって。
でも、そういうこと言うのは、いただけないなって思うよ。
自分自身が愛と感じれば愛。
その人が愛は現実であると感じれば現実であり続けられる。
簡単に否定していいものじゃないと思うんだよね。
自分は認められないものも多い。
でもそれは世界の全てが否定するものじゃないよ。
少し変わってる。
少し違う。
認められない。
だから、それを否定して、消していいものなのかな。
攻撃して、殺してしまっていいのかな。
きっとこれは愛だけじゃなくて、いろんなことに言える話。
それを否定することは、代わりに何かを背負うと言うこと。




『他人から見て、奇妙で形がいびつな愛は性癖なんだって。
そして、更に普通でも愛は幻想なんだって。』
私もそう感じました。
特に『愛は幻想』と言うトコロは流せませんでした。
流すように耳を傾けていましたが、その部分は「?」でした。
ほんのちょっとした、一言にすぎないのかもしれないんですけどね。
「愛は幻想」、そう言い切ってしまったら自己愛とか、家族愛とか、そういうもので成り立っている自分たちは、一体何なんでしょうね……。
見えないもので、不確かなものかもしれない。でも、そこに存在しないもの、とただ断言してしまうのは、何か違う気がします。